「陰翳礼讃」谷崎潤一郎

あのピカピカ光る肌のつやも、暗い所に置いてみると、それがともし火の穂のゆらめきを映し、静かな部屋にもおりおり風のおとずれのあることを教えて、そぞろに人を瞑想に誘い込む。もしあの陰鬱な室内に漆器というものがなかったなら、ろうそくや燈明のかもしだす怪しい光の夢の世界が、その灯のはためきが打っている夜の脈拍が、どんなに魅力を減殺されることであろう。まことにそれは、畳の上に幾すじもの小川が流れ、池水(ちすい)がたたえられているごとく、一つの灯影(ほかげ)をここかしこにとらえて、細く、かそけく、ちらちらと伝えながら、夜そのものに蒔絵をしたような綾を織り出す。