「水辺のゆりかご」柳美里

 海を左にながめながら歩いていて、つまずいてしまった。砂浜にうもれているさびた鉄のパイプ。砂をほると、乳母車の骨と朽ちた布が姿をあらわした。
 私は骨格だけの乳母車にからだをおしこんだ。目のまえにはおおきな蝙蝠(こうもり)のような海がひろがっている。私は乳母車を揺すった。
 不意に、ゆりかご、という言葉がうかんだ。私にはゆりかごのなかにいた記憶はない。しかしいいのだ、記憶はいつだって修整できるから。すべてが虚構なのだ。背や尻につき刺さる乳母車の骨を感じながら私は海に目をなげた。