「朝の散歩」安岡章太郎

いったい何がうしろめたいのか、他人の不幸をのぞき見することが気がとがめるのか、私にはそれはわからなかった。何にしても、
「ああ、ああ……」という女の高い声が、澄み切った秋の空に響くと、私はふと母親の声を聞きつけたような、心の底に断念していたものが蘇ってくるような、そんな気がして何か恐怖につかれたように、その場を足早やに遠ざかった。