「蜜柑の花まで」幸田文

雪の日にあたたかい鍋のものをしたくするのは人情だし、また実際たべてもうまいに相違ないが、私はそれをわざとしたくなかった。雪が降るからこそ湯気の鍋よりむしろ潔く青い野菜などが膳へつけたかった。うちの者の声さえもこもるように深く降り積んだ晩だからこそ、ぴりりと辛いはっきりした食べものがこしらえたいと考えるのは楽しかった。鍋ものは雪より多分こがらしのほうがいいかとおもうのだ。ひゅうっという裸木(はだかぎ)の声にからんで、ものの煮える音が膝のそばからたぎってくれば、うまさと酔(よい)は倍ましである。

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