至道無難『至道無難禅師法語』

教(きょう)は大きにあやまる。それを習うは猶(なお)あやまる。只(ただ)直(じき)に見、直に聞け。直に見るは見るものなし。直に聞くは聞くものなし。
〈解釈〉文字に書いた教えや口で説く教えは人を錯(あやま)りに導くものだ。それを信じて習ったりすれば錯りはなおさらのことだ。真実を学びたければ物に接して見よ、また物に接して聞くがよい。直接に見るときは見る対象物はない。直接に聞くときも聞く音などないのだ。