夏目漱石「マクベスの幽霊に就て」

文学は科学にあらず。科学は幻怪を承認せざるが故に、文学にも亦幻怪を輸入し得ずと云ふは、二者を混同するの僻論なりと。去れど文芸上読者若(もし)くは観客の感興を惹き得ると同時に、又科学の要求を満足し得んには、何人も之を排斥するの愚をなさざるべし。唯単に科学の要求を満足せしめんが為に詩歌の感興を害するは、是文芸をあげて科学の犠牲たらしむるものと云はざる可(べか)らず。マクベスの幽霊は科学の許さざる幻怪なるが為に不可なるにあらず、幻怪なるが為に興味を損するが故なりと云はざる可らず。科学の許す幻想なるが為に可なりと説くべからず、幻想とせば幾段の興味を添え得るが為に可なりと論ずべし。