夏目漱石「英国詩人の天地山川に対する観念」

 高が一匹の鼠なり。而も穀作に害を与ふる鼠なり。今之をとらへて、君はわが同輩なりと云ふ。誰か其新奇なるに驚かざらん。去はれ生を天地の間に享くる者は、螻蟻(ろうぎ)の微と雖ども、皆有情の衆生なり。たとひ万物の霊なりとて、故なくして之を戕(そこな)ふの理窟やはある。人間何者ぞ。固(もと)是蠢々(しゅんしゅん)たる虚栄の塊まり。漫(みだ)りに地上に跋扈して、これ我が所有なりと叫ぶ。不遜も亦甚し。情を解するの男児は、吃蚤(きっそう)の血に指頭を染むるをすら屑(いさぎよ)しとせず。況んや天に翔(かけ)り、地を走るのやからをや。今詩人朋友を以て老鼠を待つ。之を笑ふ者は、情を解せざるものなり。又詩を解せざる者なり。