夏目漱石「英国詩人の天地山川に対する観念」

 人世に不平なれば、必ず之を厭ふ。世を厭ひて人間を辞職するものあり。小心硜硜(こうこう)の人これなり。世を厭ひて之を切り抜けるものあり。敢為(かんい)剛毅の人これなり。濁世と戦つて屈せざるものは、固より勇気なくては叶はぬ事。五十年の生命を抛(なげう)つて、自ら憤懣の肉を屠るもの、亦相応の勇気を要すべし。かほどの勇気なくして世に立つの才なく、又世を容るゝの量なくば、如何にして可ならんか。余命を風塵に托して、居ながら餓莩(がひょう)たるを待つ。是一方なり。残喘(ざんぜん)を丘壑(きゅうがく)に養ふて、閑雲野鶴に伴ふ。是亦一方なり。