夏目漱石「文壇に於ける平等主義の代表者『ウォルト、ホイットマン』Walt Whitmanの詩について」

空言は実行に若かず“How beggarly appear arguments before a defiant deed!”家庭は大道に若かず一家に恋々たる者は田螺のわび住居を悦ぶが如く蝸牛の宅を負ふてのたり/\たるが如く牡蠣の口堅く鎖して生涯滄海を知らざるが如し。此世界は競争の世界なり安逸して人に後るゝ勿れ、起て、起て働け、斃るゝ迄働け、旅に病まば夢に枯野を馳け回(めぐ)れ、勝利を説くなかれ、一戦纔(わず)かに已むは大戦将(まさ)に来らんとするの徴なり。銭なきを恨むな衣食足らざるを嘆くな大敵と見て恐るゝな味方寡(すく)なしとて危ぶむな。値を磨くは学校なり之を試みんとならば大道に出でよ吾れ無形の智者を証する能はざるも智自ら之を証せん。思を哲理に潜め深く宗教を究め講堂に立つて其真理なるを説くとも何の益あらん白雲の下激湍(げきたん)の傍(かたわら)無辺の天然界に跳り出でゝ其真なるを証明せよ。