夏目漱石「文壇に於ける平等主義の代表者『ウォルト、ホイットマン』Walt Whitmanの詩について」

元来共和国の人民に何が尤も必要なる資格なりやと問はゞ独立の精神に外ならずと答ふるが適当なるべし。独立の精神なきときは平等の自由のと噪(さわ)ぎ立るも必竟机上の空論に流れて之を政治上に運用せん事覚束なく之を社会上に融通せん事益(ますます)難からん。人は如何に云ふとも勝手次第我には吾が信ずる所あれば他人の御世話は一切断はるなり。天上天下我を束縛する者は只一の良心あるのみと澄し切つて険悪なる世波の中を潜り抜け跳ね廻る是共和国民の気風なるべし。其共和国に生れたる「ホイットマン」が己れの言ひ度(たき)事を己れの書き度体裁に叙述したるは亜米利加人に恥ぢざる独立の気象を示したるものにして天晴れ一個の快男児とも偉丈夫とも称してよかるべし。蓋し「ホイットマン」あつて始めて亜米利加を代表し亜米利加あつて始めて「ホイットマン」を産す。蘭は幽谷に生じ剣は烈士に帰し鬼は鉄棒を振り廻すが古来よりの約束ならば「ホイットマン」の合衆国に出でたるも亦前世の約束なるべし。