カフカ『日記』「一九一一年 十二月二三日 土曜日」(谷口茂 訳)

 日記をつけることの一つの利点は、いろいろな変化をはっきりと意識して気を落ち着けることができる、ということにある。つまり、人は日記のなかでこれらの変化にたえず服従し、概してそれらを自然なものであると信じ、予感し、承認するが、しかしそのような承認から希望か安穏が現われ出ようとすると、人はいつでも無意識にそれを否認するからである。日記のなかには、今ではもう我慢できないように思える状態のなかでさえ自分が生活して、周りを見回し、いろいろな観察を書きとめたことの、つまりこの右手が今日のように動いたという驚くべき事実の証拠が見いだされる。というのは、今日われわれは当時の状態を見渡すことができるので確かに当時よりは賢くなっているが、しかしそれだけますます、われわれが当時まったき無知のなかにありながらそれにもかかわらず続けた努力の豪胆さは、はっきりと承認されてしかるべきだからである。