スラヴォイ・ジジェク『斜めから見る』(鈴木晶 訳)

 幻想は、ラカン理論によれば、主体とa(自分の欲望の対象=原因)との「ありえない」関係をあらわしている。その意味では、ゼノンが排除したのは幻想という次元である。幻想はふつう主体の欲望を実現するためのシナリオと考えられている。文字通り受けとるならば、この基本的定義はきわめて適切である。というのも、幻想が舞台で上演している光景の中で、われわれの欲望がみたされ、じゅうぶんに満足させられるのではなく、むしろ反対に、その光景が欲望そのものを実現し、上演するのである。精神分析の基本的な考え方によれば、欲望はあらかじめ与えられるものではなく、われわれが作り上げるものである。そして、主体の欲望の座標を定め、その対象を特定し、その中で主体がどのような位置を占めるのかを決めることこそ、幻想の役割である。主体は幻想を通じてしか欲望することができない。われわれは幻想を通じて欲望の仕方を学ぶのである。

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