長田弘「世界は一冊の本」(全)

本を読もう。
もっと本を読もう。
もっともっと本を読もう。


書かれた文字だけが本ではない。
日の光り、星の瞬き、鳥の声、
川の音だって、本なのだ。


ブナの林の静けさも、
ハナミズキの白い花々も、
おおきな孤独なケヤキの木も、本だ。


本でないものはない。
世界というのは開かれた本で、
その本は見えない言葉で書かれている。


ウルムチ、メッシナ、トンブクトゥ
地図のうえの一点でしかない
遥かな国々の遥かな街々も、本だ。


そこに住む人びとの本が、街だ。
自由な雑踏が、本だ。
夜の窓の明かりの一つ一つが、本だ。


シカゴの先物市場の数字も、本だ。
ネフド砂漠の砂あらしも、本だ。
マヤの雨の神の閉じた二つの眼も、本だ。


人生という本を、人は胸に抱いている。
一個の人間は一冊の本なのだ。
記憶をなくした老人の表情も、本だ。


草原、雲、そして風。
黙って死んでゆくガゼルもヌーも、本だ。
権威をもたない尊厳が、すべてだ。


200億光年のなかの小さな星。
どんなことでもない。生きるとは、
考えることができるということだ。


本を読もう。
もっと本を読もう。
もっともっと本を読もう。

   ※太字は出典では傍点