白樂天「婚を議す(こんをぎす;議婚)」(抄) (田中克己)

天下 正聲なし、
耳を悦しむればすなはち娯となす。
人間 正色なし、
目を悦しむればすなはち姝となす。
顔色あひ遠きにあらず、
貧富すなはち殊なるあり。
貧しきは時の棄つるところとなり、
富めるは時の趨くところとなる。


てんか せいせいなし、
みみをよろこばしむればすなはちたのしみとなす。
じんかん せいしょくなし、
めをよろこばしむればすなはちかほよしとなす。
がんしょくあひとほきにあらず、
ひんぷすなはちことなるあり。
まづしきはときのすつるところとなり、
とめるはときのおもむくところとなる。


天下無正聲
悦耳即爲娯
人間無正色
悦目即爲姝
顔色非相遠
貧富則有殊
貧爲時所棄
富爲時所趨


天下には正しい音楽ときまったものはない、耳に快くあればその人にとって音楽だ。
世間には本当の美人だときまったものはない、目に美しければそれこそ美人なのだ。
かように美醜にはたいした差がないが、貧富の点では差別がある。
そこで貧乏だと世間からみすてられ、金持ちだとみなにちやほやされる。