上野千鶴子 「『成熟と喪失』から三十年」(江藤淳『成熟と喪失』解説/講談社文芸文庫)

だが息子は母と平和な同盟が保てるわけではない。息子にとって、父は母に恥じられる「みじめな父」になり、母はその父に仕えるほか生きる道のないことで「いらだつ母」になる。だが、息子はいずれ父になる運命を先取りして父を嫌悪しきれず、「みじめな父」に同一化することで「ふがいない息子」になる。「いらだつ母」をその窮状から救い出す期待に応えられないことで、息子はふかい自責の念を内面化する。同時に息子は「ふがいない息子」でありつづけることで、母の支配圏内から自立しないという母の隠れた期待に共犯的に応えていることを、ひそかに自覚している。これが「日本近代」に固有な、ねじれた「エディプスの物語」である。