パウル・ツェラン

  「上には 音もなく」(抄)(川村二郎 訳)


(語れ 泉を 語れ
泉の花冠を 泉の車輪を
泉の室(むろ)を――語れ


数え語れよ 時計もまた
それもまた 走りさり 動きをとめるのだ


水 なんという
ことば ぼくらはきみを理解する 生よ)

  「賛美歌」(抄)(川村二郎 訳)


たたえられてあれ だれでもない者よ
あなたのために
ぼくらは花咲くことを願う
あなた
にむかって


ぼくらは かつて
無であり 今なお無であり 将来も
無のままであるだろう 花咲きながら
無の
だれでもない者の 薔薇

  「死のフーガ」(抄)(飯吉光夫 訳)


夜明けの黒いミルクぼくらはそれを晩にのむ
ぼくらはそれを昼にのむ朝にのむぼくらはそれを夜なかに
 のむ
ぼくらはのむそしてのむ
ぼくらは宙に墓をほるそこなら寝るのにせまくない

  「あとからもう一度口ごもられる世界」(全)(飯吉光夫 訳)


ぼくがそこのしばしの客
であったことになるだろう あとから
もう一度口ごもられる世界 壁から汗のようにしたたる
ひとつの名まえ
その壁を ひとつの傷口が なめずりながらのぼる

  「袋小路と」(全)(飯吉光夫 訳)


袋小路と話すこと
対者について
対者の
放逐された
意味について――


この
パンを
噛むこと
書く歯で

  「葉」(抄)(飯吉光夫 訳)


なんという時代か?
ひとつの語らいが 言われるあまりに多くのことを
ふくむため
ほとんどひとつの犯罪になりかねないとは