中島敦『李陵』

常々、彼は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起らないのだという一種の確信のようなものを有(も)っていた。これは長い間史実を扱っている中に自然に養われた考えであった。同じ逆境にしても、慷慨の士には激しい痛烈な苦しみが、軟弱の徒には緩慢なじめじめした醜い苦しみが、という風にである。たとえ始めは一見ふさわしくないように見えても、少くともその後の対処のし方によってその運命はその人間にふさわしいことが判(わか)ってくるのだと。