ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』(高本研一 訳)

今日ぼくは、すべてのものがぼくたちを見ていて、なにものも調べられないままではいない、そして壁紙ですら人間よりも良い記憶力の持ち主であるということを知っている。すべてを見ているのは愛する神などではない! 台所の椅子、アイロン、半分たまった灰皿、あるいはニオベーという名の木で作られた女の似姿も、あらゆる行為の忘れることのできぬ目撃者になるに十分の資格を持っている。