2015-05-19から1日間の記事一覧

庄野潤三「絵合せ」

炬燵で宿題をしている良二が、うつむいている顔を上げて、何か考えようとすると、額に不揃いな皺が寄る。 小学二年の時に(いまは中学二年だが)、学校の廊下を走っていて、友達とぶつかって大きなこぶが額に出来た。友達の方は前歯がぐらぐらになった。 ど…

円地文子「遊魂」

葵祭は雨になれば一日延びるそうなと聞かされて、朝の寝ざめにもまず空あいが気にかかっていたのであろう。ふらふらベッドから起き出して障子風に紙を貼ったホテルの内窓を明けて見ると、下の方の白っぽく灰をまぶしたような古い屋根瓦の連りの先に河原が見…

清岡卓行「アカシヤの大連」

かつての日本の植民地の中でおそらく最も美しい都会であったにちがいない大連を、もう一度見たいかと尋ねられたら、彼は長い間ためらったあとで、首を静かに横に振るだろう。見たくないのではない。見ることが不安なのである。もしもう一度、あの懐かしい通…