円地文子「遊魂」

 葵祭は雨になれば一日延びるそうなと聞かされて、朝の寝ざめにもまず空あいが気にかかっていたのであろう。ふらふらベッドから起き出して障子風に紙を貼ったホテルの内窓を明けて見ると、下の方の白っぽく灰をまぶしたような古い屋根瓦の連りの先に河原が見え隠れして、人通りのない川岸向うの道の家並みの上をなだらかな東山の背がふうわり蔽っている。その薄い黛色の山の端を不確かに濁して明けたばかりの空は、淡白い雲をあちこちにかき流して、冴えた青はどこにものぞかせていないながらも、雨になりそうな重たい気配は見られなかった。