2015-05-20から1日間の記事一覧

三木卓「鶸」

その兵士は肩から吊している自動小銃をゆすりながら近づいて来、台の上にならべられた煙草の前まで来ると無造作に手を伸ばして一箱ずつポケットに入れはじめた。最初はズボンの左右に、それから外套に外側から縫いつけてある大型のものに、落着いた手付きで…

開高健「夏の闇」

その頃も旅をしていた。 ある国をでて、べつの国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた。季節はちょうど夏の入口で、大半の住民がすでに休暇のために南へいき、都は広大な墓地か空谷にそっくりのからっぽ…

曾野綾子「落葉の声」

収容所の廊下の壁にそってかけられた人々の写真は、どれも魚の顔のようであった。その眼は大きく見開かれ、眼球のまわりに薄い眼瞼の皮膚がまつわりついているので、それも、魚の眼とそっくりであった。一人くらい笑っている写真はないものだろうか。生まれ…