曾野綾子「落葉の声」

 収容所の廊下の壁にそってかけられた人々の写真は、どれも魚の顔のようであった。その眼は大きく見開かれ、眼球のまわりに薄い眼瞼の皮膚がまつわりついているので、それも、魚の眼とそっくりであった。一人くらい笑っている写真はないものだろうか。生まれつきの精薄か、そこへ来て発狂してから事態を認識する力がなくなった幸運な人で、とにかく笑っている顔が、一つや二つないものだろうか。
 彼らは、一様に、パジャマに似た、縞の囚人服を着せられ、頭は丸坊主に刈られていた。頬骨が尖り、頬の肉はしぼみ、それらの冬の荒野にも似た表情の中に、凍てついた沼を思わせる二つの眼が光っていた。彼らは総て、死者たちの筈であったが、廊下の両側に、彼らの写真が三列に並んでかけられている前を過ぎるとき、彼らは私の前で生き返るのだった。