開高健「夏の闇」

 その頃も旅をしていた。
 ある国をでて、べつの国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた。季節はちょうど夏の入口で、大半の住民がすでに休暇のために南へいき、都は広大な墓地か空谷にそっくりのからっぽさだった。毎日、朝から雨が降り、古錦のような空がひくくたれさがり、熱や輝きはどこにもない。夏はひどい下痢を起し、どこもかしこもただ冷たくて、じとじとし、薄暗かった。膿んだり、分泌したり、発酵したりするものは何もなかった。それが私には好ましかった。