2015-06-23から1日間の記事一覧

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』(米川和夫 訳)

それにしても、いったいわれわれが形式を作りだすのか、形式がわれわれを作りだすのか? われわれにしてみれば、構成するものはこのわれわれをおいて他にはないように思えるのだが、そんなことは――ただの幻想にしかすぎない。構成するわれわれは、同じ程度に…

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』(米川和夫 訳)

それから、筆者は繰り返しによって緊張を高める方法もまた読者にすすめたい。ある言葉なり、言い回しなり、状況なり、もしくは部分なりを組織的に繰り返すというこの方法のおかげで、筆者は、ほとんど偏執狂じみてくるまでにスタイルの統一性という印象を強…

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』(米川和夫 訳)

そして、初めておれには納得がいった――なぜこの学校からだれひとり逃げだすことができないでいるのか。ほかでもない、かれらの顔が、姿が、形全体が、かれらの内部にその働きをおよぼして、逃走の能力を殺してしまったというわけなのだ。みながみな自分の歪…