谷川俊太郎「牧歌」

陽のために
空のために
私は牧歌をうたいたい
人のために
土のために
私は牧歌をうたいたい
真昼のために
深夜のために
私は牧歌をうたいたい


名も知らぬ若木の下に立ちどまって
虻の羽音に耳をすまし
陽のささぬ路地の奥で
子供の立小便をみつめていたい


うたうため うたうため
私はいつも黙っていたい
私は詩人でなくなりたい
私は世界に餓えているから


虻のように蝶のように
私は私の羽根でうたいたい
垢だらけの子供のように
私は私の小便でうたいたい


いつの日か
すべてを忘れるための牧歌を
私は私の死でうたいたい
丁度今日
すべてを憶えているために
私が本当は黙っているように