谷川俊太郎『六十二のソネット』「60 (さながら風が木の葉をそよがすように)」

さながら風が木の葉をそよがすように
世界が私の心を波立たせる
時に悲しみと言い時に喜びと言いながらも
私の心は正しく名づけられない


休みなく動きながら世界はひろがっている
私はいつも世界に追いつけず
夕暮や雨や巻雲の中に
自らの心を探し続ける


だが時折私も世界に叶う
風に陽差(ひざし)に四季のめぐりに
私は身をゆだねる――


――私は世界になる
そして愛のために歌を失う
だが 私は悔いない