谷川俊太郎『六十二のソネット』「56 (世界は不在の中のひとつの小さな星ではないか)」

世界は不在の中のひとつの小さな星ではないか
夕暮……
世界は所在なげに佇んでいる
まるで自らを恥じているとでもいうように


そのようなひととき
私は小さな名ばかりを拾い集める
そしていつか
私は口数少なになる


時折物音が世界を呼ぶ
私の歌よりももっとたしかに
遠い汽笛 犬の吠声 雨戸のまた刻みものの音……


その時世界は夕闇のようにひそかに
それにききいっている
ひとつひとつの音に自らをたしかめようとするかのように