クロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼 訳)

とにかくそいつがだしぬけにまるで毛布を頭から投げつけられて逃げだせなくなったみたいにおれに襲いかかり、いきなりあたり一面完全に真暗になった、もしかしたらおれは死んでしまったもしかしたらあの歩哨が先におれよりすばやく発砲したのかもしれず、もしかしたらおれは相変わらずあそこのくぼんだ道のいい匂いのする草のなかにあの大地の襞のなかに横たわってそのくろいむせるような腐植土の香りをかぎ吸いこみばら色のあれをなめていたのかもしれないいやばら色どころかおれの顔をなでる密生した暗闇のなかにはただ闇しかなくだがとにかくおれの手おれの舌は彼女にさわることが彼女を知ることが確証に達することができ、安堵したおれの盲の手は彼女のいたるところにふれ彼女のからだ彼女の背中彼女の腹の上を絹のさらさらした音をたてて這いまわりあのやぶのような茂みすべすべした彼女の裸身に寄生するように他所(よそ)者のように生えた茂みに出会い、おれははてしもなく彼女をまさぐり彼女の下を這いずりまわり夜の闇のなかを探索し闇ふかいその巨大な肉体を発見し、ちょうど乳を飲ませる雌やぎやぎの足をした半人半獣の女神の下にでもいるみたいで(やつの話では彼らは区別なしに自分の女房たちや姉妹たちとも雌やぎともあれをやるということだが)そのブロンズの乳房の香りをしゃぶりようやくあのむっとするほてりに達しなめまわし酔いしれ太腿のくぼみにうずくまり彼女の臀部がおれの上でかすかに燐光をはなつように夜の闇に青っぽく光るのが見えたがその間もおれははてしなく飲みつづけおれのからだから出たあの幹あの木がおれの腹おれの腰の内側に根をはやし枝わかれしてゆき鉤爪(かぎづめ)のあるきづたとなっておれをしめつけ背中をさかのぼってだれかの手のように襟首にまきつくのを感じ、それが大きくなりおれから養分を吸いとっておれそのものとなりというかおれ全体がそれとなるにつれてだんだんおれが小さくなってゆくような気がしだからもうおれのからだはくぼみの唇の間に横たわったしわくちゃになった委縮した胎児と変わりはてまるでおれがその唇の間に溶けこみ姿を消しのみこまれることさえできるみたいで子猿が母猿の腹の下にしがみつくみたいに彼女の腹に無数の乳房にしがみつきけものの肌色のしめり気のなかにもぐりこみ電気をつけないでくれ、そういっておれは手をのばそうとする彼女の腕をおさえたあれは塩からい貝の肉の味がしておれはただ知りたかった、ほかのなにもいらない、ただなめたかったのだ彼女の
 すると彼女、あなたってほんとはあたしを愛してくれてなんかいないわね
 そこでおれ、どうしてそんな
 そこで彼女、あたしじゃないわあたしじゃないのよあなたは
 そこでおれ、どうしてそんな五年間というもの五年も前から
 そこで彼女、あたしじゃないわわかってるわあたしじゃなくってよ人間としてのあたしを愛してるっていうのほんとに愛してくれたかしら片輪でもつまりかりにもし
 そこでおれ、なにをいってるんだいいかそれがどうしたっていうんだいいからおれにいったいそれがどうしたっていうんだなんのたしになるんだいいからおれはあんたの

   ※太字は出典では傍点