福田和也『岐路に立つ君へ 価値ある人生のために』

「礼儀正しい」ということは、つまり「油断をしない」ということなんだね。
 対面している相手が、一体どんな相手なのか、何を考えているのか、まったく分からない、自分にいかなる敵意や思惑をもっているのか分からないという認識、油断しないという態度が、礼儀正しい姿勢に出るんだ。
 僕も時々、仕事で無作法な人に会う。
 挨拶をしないとか、とても高飛車な態度をとるとか。
 でも、僕はそういう人にたいしては、ある種の安心をしてしまう。
 というのは、そういう人というのは、結局たいしたことがないんだね。
 無作法な態度をとるというのは、相手を見くびっているということだ。
 見くびるというのは、失礼である以前に、認識が甘い、ゆるい、ということなんだな。
 どんな相手にたいしても、礼儀正しい人というのは、たとえ立場的に自分がその場では上にあるように見えても、相手がどんな係累や力をもっているか分からない、あるいは、今はたいしたことがなくても、そのうちに何か大変な存在になるかもしれないといった、恐れというか、警戒心をもっている人なんだね。
 そういう「恐れ」のようなものが、礼儀の底にはある。
 つまりは、どんな時にも、弛緩しない、緊張しているということが、礼儀の基本なんだ。