伊藤俊樹「傾聴」(澤田瑞也、𠮷田圭吾 編『キーワードで学ぶカウンセリング――面接のツボ――』所収)

 傾聴するということは、ただ漠然とクライエントの話を聞いていることではない。それをひとつのたとえ話で説明してみよう。あなたはある湖に来ている。湖の表面を見つめていると、ときどき魚がはねるのが見える。「あ、あそこで魚がはねた。」そして、今度は別のところで魚がはねる。「あ、あそこでも魚がはねた。」そして、また別のところで魚がはねる。「あ、あそこでも。今日は魚がいっぱいはねたな」と思って帰ってくる。あなたは三匹の魚がはねたと思っているが、実は全部同じ魚かもしれない。あるいは、最初の魚がはねた影響で次の魚がはね、さらにその影響で三匹目の魚がはねたのかもしれない。ここでいう魚はクライエントが話した話である。漠然と聞いていると、「今日はあちこちで三匹の魚がはねた」という感想で終わってしまう。あなたがもし、湖の水面下の動きに敏感になっていれば、「三匹はねたけれども、全部同じ魚のようだ」とか、「最初の魚が、近くにいた別の魚を刺激してはねさせた」とかがわかるようになる。水面下とは皆さんには、もうわかったと思うが、無意識の心の動きである。つまり、傾聴するというのは、漠然とクライエントの話す話の表面だけを聞くのではなく、その話の背後にある心の動きに気づくために耳を澄ませることなのである。