ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』(米川和夫 訳)

まるで貯金局に預金でもするように、幾世紀にもわたる古い文化体系をなかに立て安全確実に自己を生かしきること――これこそ自分にとっての満足でもあり、他人にとっての満足でもあるにちがいない。しかし、おれはあいにく青二才で、青くささがおれの唯一の文化体系だった。おれは二重にとらわれて、制約されているのだ――いまだに忘れられずにいる自分の子供のときの過去によって一度、それから、人がおれについていだくイメージの子供、つまり、かれらの心にうつったおれの漫画によっていま一度。おれは緑のうれわしげなとりこ、深く茂った藪のなかの一匹の虫にほかならなかった。