パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

今も昔と変らないおなじ物音、おなじ酒、おなじ顔つき。群衆の股のあいだをくぐって走りまわる子供たちも、昔とおなじあの悪童どもだった。そしてベルボ川のほとりには、恋の歓び、悲劇、約束がひそかに交わされていた。今またくり返されている――その昔、初めてもらったわずかな給料を手に、祭にかけつけて射的場に行き、ブランコに乗り、おさげの娘たちをみなで泣かせたあのころとおなじことが。そしてわたしたちはまだだれも、なぜ男と女、ポマードを塗り立てた若者たちとつんとすました娘たちとがいて、たがいに口論しては、からかってあざけり笑い、しかもいっしょに踊るのか、そのわけを知らなかった。今のわたしにはわかっているそのおなじことが、またくり返されている。それでいて、あのころの日々は行ってしまって、もう帰らない。やっとわかるようになり始めたそのときには、わたしはこの谷から出て行っていた。