2015-06-09から1日間の記事一覧

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「あなたは」と、わたしにむかって言った。「この村で土地を全然もたない生活がどんなものだか、おわかりにならないでしょう。あなたのご家族の亡骸はどちらですか?」 わたしにはそれがわからないのだ、とわたしは答えた。一瞬、彼は黙り、考えこみ、あきれ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

彼は世界じゅうを歩きまわったわけでなく、運をつかんで来たわけではなかった。この谷のだれもがたどる生涯を彼も同じように迎えることだってありえたのだ――木がのびるように大きくなり、女や山羊が年老いて行くように、ボルミダ川からむこうではどんな暮し…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

子供のころには、こんなふうになろうとは思ってもいなかった。だれにしても故郷を遠く離れてやむをえず働き、望もうともしないで運をつかむのだ――運をつかむということが、すでに、遠くへ行って、こういうふうに金持ちになりりっぱな大人になり、自由になっ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

「もしぼくがきみみたいに音楽ができたら、アメリカには行かなかったよ」と、わたしは言った。「あの年ごろのことだもの。女の子に見とれ、だれかと喧嘩し、明けがた近くに家に帰って来る――それだけでいいのさ。ただ、何かをしようと思い、何ものかになりた…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

ある日、わたしの姿が見えなくなる――それでいいのだ。だが、どこへ行こうというのか? わたしは世界のはて、最後の岸に来ていたのだ。そしてわたしはもううんざりしていた。

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

今になって、わたしにもわかるのだった――なぜ道ばたの自動車のなか、あるいは部屋のなかで、またあるいは裏路地で、ときどき若い女がしめ殺されているのか? 彼らも――その男たちも、草の上に身を投げ出したい、蛙たちと心を通わせたい、女一人の身の丈ほどの…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

今も昔と変らないおなじ物音、おなじ酒、おなじ顔つき。群衆の股のあいだをくぐって走りまわる子供たちも、昔とおなじあの悪童どもだった。そしてベルボ川のほとりには、恋の歓び、悲劇、約束がひそかに交わされていた。今またくり返されている――その昔、初…