パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

そのとき、わたしは身にしみて感じた――生まれ故郷がないということ、自分の血のなかに故里をもっていないということ、つまり、植えてあるものが変ったなどということが問題にもならないくらいに父祖の地に深く埋もれた生活ができないでいるということを。事実、榛の林はまだ丘の上には残っていたし、そこへ行けば、わたしも遠い昔の気分に帰ることができた。しかもそういうこのわたしだって、もしこの畠の所有者だったら、あるいは同じように林をひらいて、もろこしを植えたかもしれないだろう。しかし、それにしてもやはり、いま目のあたりに見るこの景色がわたしの心に呼び起したのは、あの都会の部屋貸しの住居が与える印象だった。一日だけ借りて住もうと、何年いようと、いつか引っ越ししてしまえばそのあとはもぬけの殻でしかなく、だれが来て住んでもかまわない、生命の通わない部屋と、もう同じことなのだ。