2015-06-08から1日間の記事一覧

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

故里はなくてはならないのだ、たとえそれが遠くへ出て行く歓びのためであっても。故郷とは一人っきりでないということを、そこに住む人のなか、そこに生えている草や木のなか、その土地のなかに何かしら自分と同じものがあって、自分がいなくとも、いつもそ…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

こうしてわたしはこの村を、自分の生まれた郷里(くに)でもないのに、ながいあいだ世界そのもののように思っていた。世界というものをほんとうにこの目で見て、世界は無数の小さな村が集まってできているのだと知った今でも、子供だったそのころのこんな印象…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

そのとき、わたしは身にしみて感じた――生まれ故郷がないということ、自分の血のなかに故里をもっていないということ、つまり、植えてあるものが変ったなどということが問題にもならないくらいに父祖の地に深く埋もれた生活ができないでいるということを。事…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

しかし周囲の木立ちや土地の様子は変っていた。榛(はしばみ)の林は跡かたもなく消え失せて、収穫のすんだもろこし畠になっていた。家畜小屋からは牛の鳴き声が聞えていたし、夕暮れの冷たい空気に混って堆肥(つみごえ)の匂いが漂っていた。この小屋に住んで…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

いったい、だれがわたしの出生を明かしてくれることができるだろう。わたしはいくらか世間を見て歩いて来たから、どんな生まれの人間もその性は善良で、優劣を問いにくいことを知っている。しかしまたそのために人間は疲れて、根をおろし、大地と村に還ろう…

パヴェーゼ『月とかがり火』(米川良夫 訳)

なぜ、この村にわたしは帰って来たのか、ここであって、カネッリとかバルバレスコとか、あるいはアルバのような町ではなかったのか? それには理由(わけ)がある。わたしはここで生まれたのではない――それはほとんど確かなことだ。自分がどこで生まれたのかも…