諸葛亮「出師表」

先帝臣(せんていしん)が謹愼(きんしん)なるを知る。故に崩(ほう)ずるに臨みて臣(しん)に寄するに大事(だいじ)を以てせり。命を受けて以來、夙夜(しゅくや)憂慮し、付託效(かう)あらず、以て先帝の明を傷(やぶ)らんことを恐る。故に五月濾(ろ)を渡り、深く不毛に入る。今(いま)南方已(すで)に定まり、兵甲(へいかふ)已に足る。當に三軍を奘率(さうそつ)して、北のかた中原(ちゅうげん)を定むべし。庶(こひねが)はくは駑鈍(どどん)を竭(つ)くし、姦凶(かんきょう)を攘除(じゃうじょ)して、以て漢室を復興(ふくこう)し、舊都(きうと)に還(かへ)さん。


(語釈)
◇先帝=劉備をいう。当時、劉備は死んで、その子の劉禅が位についていた。
◇謹愼=慎み深いこと。
◇大事=国家の「安定」をさす。
◇夙夜=朝早くから夜おそくまで。
◇付託=まかされたこと。
◇傷らん=やぶる。傷つける。
◇濾=川の名。濾水を渡って南方の叛乱を平定しようとした。
◇不毛=草木も生えないような土地。南方叛乱の地の南中をさしていう。
◇兵甲=武器武具。「兵」は武器。
◇三軍=諸侯の軍隊。ここでは、蜀の兵力をいう。
◇奘率し=ひきつれる。「奘」は、盛んに、また、進んでの意。
◇中原=中央の都の地。当時、中央の都の地は、魏の根拠地となっていた。
◇駑鈍を竭くし=才能は低いが全力をあげて。「竭」は、盡くす。
◇攘除し=はらいのける。
◇姦凶=魏の曹丕をさす。
◇漢室を復興し=漢の王室の姓は劉氏。蜀も劉氏。ゆえに、蜀が天子になるならば、それは漢の王室を復興させることになる。
◇舊都=長安をさす。


(通釈)
先帝は私が慎み深いことを御承知でした。それで、崩御の際に、私に国家の安定を一任されました。そのお言いつけがあってから、私は朝から晩まで心をいため、まかされたかいもなく成果があがらず、先帝の目先がきかなかったということになってはならなぬと心配しました。ために五月には南方の叛乱を平らげようとして濾水を渡り、遠く不毛の地南中にまで攻め入りました。が、今や南方の地も安定しており、軍備も十分に整いました。今こそ蜀の兵力をあげてこれをひきつれ、北方に向かって都の地を平定すべき機会であります。私の期待するところは、至らぬ身ではありますが、全力をつくして悪者共を払いのけ、それによって劉氏の漢王朝をもとの姿に再興して、都を長安の地にかえしたいということであります。