金井美恵子「柔らかい土をふんで、」

 柔らかい土をふんで、そうでなくとももともと柔らかいあしのうらは音など滅多にたてずごく柔らかなふっくらとして丸味をおびた肉質のものが何かに触れる微かな音をたてるだけなのだが、固いコンクリートや煉瓦の上や、建物の一階分だけ正面の壁と床にチェス盤のようにだんだらに張った灰色と黒の大理石――小さな三葉虫の化石の断面が磨かれた石の表面に浮かび上がっていることを教えてくれたのは、一週間おきに日曜日ごとの午前中に清掃会社から建物の廊下と窓を掃除にくる青い色のつなぎ服(襟のところに赤い線があって、胸に赤い色で会社の名前がローマ字で書いてあるのだが、それをわざわざ読んでみたことはない)を着たカタコトの日本語を喋る青年だったか(いつもカセットで台湾語か中国語の流行歌手の歌う歌をヴォリュームをあげてかけっぱなしにしていて、それは時々、知っているメロディーのことがあり、夕方散歩に出て気がつくとその歌を――あいたい人はあなただけわかっているのに心の糸が結べない――口ずさんでいることがある)それとも新聞配達の青年だったろうか――には三葉虫の形がきれいに浮かびあがっていて、夏でも冷んやりとしているのだが、固いコンクリートの上や大理石の上を歩く時には、前肢の爪をものをつかもうとする時のようにいくらか広げて伸ばし気味になるので、(以下略)