竹西寛子「管絃祭」

 春の彼岸である。
 東京は、まだ寒い。
 町家に挟まれた浄念寺では、先刻から通夜の読経が続いている。古い造りの、町なかにしては大きな本堂だが、入口の階段下には男の靴も女の靴も数えるほどしかなくて、女物の草履が一足、少し離れた場所に脱がれている。
 広告雑誌の仕事仲間の電話でしばらく通夜の席を外していた村川有紀子は、庫裡から渡り廊下を引き返してくる途中、ふと梅の花の匂いに足を止めた。軒の近くにぼうと浮き出している白い花を見つけて、二、三歩欄干に寄って行ったが、その時、母親のセキに呼ばれたような気がして急いで本堂に戻った。兄の研一夫婦と弟の浩二夫婦が並んでいる、その後ろに坐った。セキは、須弥壇の下に置かれた棺の中である。