安部公房「無関係な死」

 客が来ていた。そろえた両足をドアのほうに向けて、うつぶせに横たわっていた。死んでいた。
 もっとも、事態をすぐに飲込むというわけにはいかなかった。驚愕がおそってくるまでには、数秒の間があった。その数秒には、まるで電気をおびた白紙のような、息づく静けさがこめられていた。
 つづいて、唇のまわりの毛細血管が、急激に収縮し、瞳孔が拡張して、視界が白っぽくなり、ふいに嗅覚がするどくなって、ぷんと生皮のにおいを嗅ぐ。Mアパート七号室の住人、Aなにがしは、その臭いにゆすり覚まされたかのように、身ぶるいして、はじめて事の重大さに思い至ったものだ。見知らぬ男が、断りもなしに、自分の部屋で死んでいる。死体であることは、頭の上で不自然にねじれた右腕をみただけでも、ほぼ確実だった。