江戸川乱歩「怪人二十面相」

 その頃、東京中の町といふ町、家(うち)といふ家では、二人以上の人が顔を合はせさへすれば、まるでお天気の挨拶でもするやうに、怪人「二十面相」の噂をしてゐました。
 「二十面相」といふのは、毎日々々、新聞記事を賑はしてゐる、不思議な盗賊の渾名です。その賊は二十の全く違つた顔を持つてゐるといはれてゐました。つまり変装が飛切(とびきり)上手なのです。
 どんなに明るい場所で、どんなに近寄つて眺めても、少しも変装とは分からない、まるで違つた人に見えるのださうです。老人にも若者にも、富豪にも乞食にも、学者にも無頼漢にも、イヤ女にさへも、全くその人になり切つてしまふことが出来るといひます、