薄田泣菫「蔬菜の味」

 肥(ふと)り肉(じし)の女が、よく汗ばんだ襟首を押しはだける癖があるやうに、大根は身体中の肉がはちきれるほど肥えてくると、息苦しさうに土のなかに爪立ちをして、むつちりした肩のあたりを一、二寸ばかり畦土(あぜつち)の上へもち上げてくる。そして初冬の冷たい空気がひえびえと膚(はだ)にさはるのを、いかにも気持よささうに娯(たの)しんでゐるやうだ。畑から大根を引くとき、長い根がぢりぢりと土から離れてゆくのを手に感じるのは悪くないものだが、それよりも心をひかれるのは、土を離れた大根が、新鮮な白い素肌のままで、畑の畦に投げ出された刹那である。身につけたものを悉(ことごと)く脱ぎすてて、狡さうな画家の眼の前に立つたモデル女の上気した肌の羞恥を、そのまま大根のむつちりした肉つきに感じるのはこの時で、あの多肉根が持つなだらかな線と、いたいたしいまでの肌の白さと、抽(ひ)き立てのみづみづしさとは、観る人にかうした気持を抱かせないではおかない。ただ大根の葉つぱに小さな刺があるのは、ふつくらした女の手首に、粗い毛の生えてゐるのを見つけたやうなもので、どうかすると接触の気味悪さを思はしめないこともない。