クロード・シモン『ペテン師』(松崎芳隆 訳)
彼女はうつ伏せに寝て顔を向ける。
――ね、私やさしいでしょ。やさしいと言って。
――とても。そんなふうにしていると、きみはとてもやさしい女の子。おれの好きなすてきな子だ。
――あなたの望みどおりになんでもするわ。
――おれの望みどおりになんでもするわけじゃないだろ。でも好きだよ。いつまでもこうだったら、おれは気が変になる。
――男の人ってみんなそう言ったわ。きまり文句なのね。パパもわめいてた、気が変になりそうなんだって。
――好きになるのは、けっして楽しいことじゃない。
――誰かを愛したことあるのね?
――ある。
――で、その人にも言ったの、こんなふうに愛してるって?
――言った。
――誰、それは?
――きみ。
――噓つき! いつから私を愛してたの?
――初めて見たときから。
――噓。初めて見たときから誰かが誰かを愛するなんてありえないわ。
――ありうるのさ、きみにたいしては。きみは愛されそして憎まれる。
――なぜ?
――化物だから。
――それがありったけのやさしさで私に言うことなの?
――ありのままに言ってるんだ。やさしくもないし意地悪でもない。訊くから、そう答えるのさ。
――私は化物なんかじゃないわ。なぜそんなこと言うのかしら? なぜって……私もあなたが好きよ。