井上ひさし『おれたちと大砲』

 神田お玉ヶ池の『玄武館』、人気の千葉道場は費用(かかり)が安く上るというので定評があるが、あれは安かろう悪かろうの口だとおれは睨んでいる。安いからそこら中の猫だの杓子だの擂粉木(すりこぎ)が集まってくる。当然教える方の手が足りなくなる。となると「おまえたち、互いに打ち合いをしておれ」ということになる。つまり自学自習というやつだ。猫が杓子といくら打ち合ったとしてもたかが知れている。杓子が擂粉木と切磋琢磨し合ったところでそのうち双方が摺り減ってしまうのがおちだろう。そんなことに金を使うぐらいなら、近所の悪童(わるがき)を集めて棒っ切れ振りまわしている方がよほど気がきいている……

   ※太字は出典では傍点