黒井千次『五月巡歴』

「待ってくれ。こんな時間からどこに行くんだ。」
「余計なお世話よ。私の自由――。」
 振り向きもせずに履き慣れたバックスキンの黒い靴に足を入れて扉の鎖をはずす。居間がはずれてそのまますっと家の中から出て行こうとしているのを杉人は感じる。