尾崎一雄『毛虫について』

 夜明前、薄暗い頃、エンドウ畑の側に立っていると、無数の虫共の葉を嚙む音を聞くことが出来る。田舎の、しんとした夜明前、小さな、しかし無数の口によって発せられる音のない音が、こんな音になるのかと、一度聞いた人は驚くだろう。ぞりぞりぞりと云うような、さアーッと云うような、真似ようのない、底深い音である。

   ※太字は出典では傍点