山本周五郎『青べか物語』

「おうよ」と他の水夫が云った、「名めえをはっきり云ったなあ、ゆんべが初めてだっけ。ずっとめえから何遍も好きだあ好きだってねごとう云ってたっけだ」
「お、か、ね、さん」と先の水夫が両手で自分の肩を抱きしめ、身もだえしながら作り声で云った。「おら、おめえが、好きだ、死ぬほど好きだ、よう」
 助なあこは硬ばった顔でそっぽを向き、手の甲で眼を拭いた。彼は死んでしまいたいと思った。もしできることなら、その場で二人を半殺しのめにあわせてやりたかった。しかし彼は痩せているし、背丈も五尺とちょっとしかない。他の二人はどちらも彼より肉付きがよく、はるかに力も強かった。それは沖で貝を積むときや、工場へ戻って積みおろしをするときなどでよくわかっていた。

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