庄野潤三『秋風と二人の男』

 そこは丁度、百貨店の斜めうしろの角に当るところであった。蓬田は舗道の端に寄って立って、さっきから急にひんやりした風が吹き始めた街を見たり、通る人を見たりしている。
 この前とは逆に、彼が駅まで来た時に電車が入って来た。それに乗ると早く着き過ぎることは分っているが、来たのに乗らない法もないので、乗ってしまった。家を早く出た上に、待ち時間なしで乗ったので、三十分も早く着いた。
上着を着て来ればよかった」
 半袖シャツと白っぽい替ズボンで、巻ずしの入った包みを弁当か何かのように持った蓬田は、さっきから同じことばかり後悔しているのであった。
 昨日まで八月で、今日から九月だから、それで上着を着て来ればよかったと思うのではない。実際に寒いから、そう思うのだった。家を出る時には、空に太陽が照っていた。そうして、確かに暑かった。
 ところが、彼の乗っている電車がヨットの浮んでいる川を渡って(その時もまだ、陽がさしていた)、人家の少ないところを走って、そのうち次第に家が混んだところへさしかかって来ると、線路の横の道を歩いている買物籠をさげた女の人にも日暮の気配が感じられるようになり、蓬田は半袖シャツの先から出ている自分の腕が気になり出した。