串田孫一『秋の組曲』

 湖の岸から少しずつ離れて行く道が、暫らく土手のわきをとおって行くと、向うの方に峠が見える。二つの丘がなだらかな斜面を交わせるところで、そこにはもう一本の木も立っていない。それは私が勝手に峠と思ったが、その向うの草の斜面はどんな具合に続いているか知らない。そこへ大きな太陽が沈んで行った。終日その太陽は湖に金色の小波を作り、湖畔の小径を歩く人たちに少しばかり汗をかかせた。五人の乙女たちが、とりどりの色の毛糸で編んだものを脱いだ時、彼女たちは、少し焦げたような、懐かしい埃の匂いがするように思った。それはほんの僅かの間、顔の前をたくしあげたスウェーターが通る時だけだった。何故というのに、彼女たちは、湖上を渡って行く小鳥たちの声が如何にも楽しげであったし、汗ばんだ肌が急に涼しくなって、一斉に声をあげたからだ。
 何かというと驚くような声を出した乙女たちは、私がその峠まで送って行くと言って、一足あとからついて行ったことを、さっぱりと忘れてしまったように、真紅の落日へ向って駈けて行った。少しぐらいの登り道でも、彼女たちの足は早く、追いかけるようにして走るわけには行かない私をどんどん引離してしまった。夕日が波紋のような最後の光をやっと人の目にも見えるように放っている中へ、五つの影が入って行った。影が時々四つになり、三つになることさえあった。私はまぶしくてしっかりと見られなかった。それに離れて行くにつれて、彼女たちの影のへりは金色になり、それが段々と影の方へ侵入して来て、しまいには細い腕だの、ひるがえる帽子のリボンなどは光の中へ溶けてしまった。
 私はそのうち、わざわざ追いついて別れのための言葉を考えることも、手を振ってみたりすることも、全く無駄だと思い始めて、虫の啼いている草のかげが長くのびている道ばたに腰を下ろしてしまった。