武者小路実篤『お目出たき人』

 その三月に再び間に立つ人――その人は川路と云った――に鶴の家に行って戴いて、求婚して戴いた、今度はこっちの名を云った。そうして結婚するのは何時まで待ってもいいと云った。自分は鶴を恋していた。そうして女に餓えていた自分は一日も早く鶴とせめて許嫁になりたかった。その上にその春鶴は学校を卒業するように聞いていたから。
 しかし鶴はその春、まだ学校を卒業しないのだそうだ。そうして兄が結婚するまではそういう話を聞くのさえいやだという先方の答えだったと聞いた。その後一度、偶然に甲武電車で逢った。それは四月四日だった。その後鶴には逢わない。
 その後鶴の話はそのままになっている。自分には望みがあるようにもないようにも思える。
 自分と鶴の関係はあらまし以上のようなものだ。
 自分はまだ、所謂女を知らない。
 夢の中で女の裸を見ることがある。しかしその女は純粋の女ではなく中性である。
 自分は今年二十六歳である。
 自分は女に餓えている。