アンドレ・ブルトン『ナジャ』(巖谷國士 訳)

私はいつも、夜、どこかの森で、ひとりの美しい裸の女と出くわすことを、信じがたいほどに願ってきた。あるいはむしろ、そういう願望はいちど口にしてしまうともうなんの意味もなくなるので、私はそんな女と出くわさなかったことを信じがたいほどに悔やんでいる、というべきか。いずれにしろ、そんな偶然の出会いを予想するのは、さほど常軌を逸したことではない。ありうるだろうからだ。もしそうなったら、すべてはぴたりと停止してしまったことだろう、ああ! 私はいま書いているものを書くまでにいたらなかっただろう。私はなによりも、このように機転がまるで利かなくなりそうな状況が大好きだ。きっと逃げだす機転すら利かなくなっただろう。(この最後のいいまわしをわらう者は豚なみの放蕩者だ。)

   ※太字は出典では傍点